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イラストレーター安藤晶子さんが個展をするので紹介文を書きました。

私は安藤晶子を1つの「あんどう」として認識する。その理由。



andoakiko.jpg
「rose hunter」


 生まれて初めて輪切りにしたオレンジの断面を見た瞬間、私はなにを思ったのだろう。覚えていない、思い出すこともできない。すでに追憶できないほどプリミティブな体験である。しかし想像してみる。オレンジの断面を見たときの、皮に包まれた状態からは想像もつかない鮮やかな裏切りと、同時に感じられるオレンジ色の粒、封じ込められた果汁の緊張、これ以上ない程のオレンジみ。断面を見るに付け「嘘みたい」と思いながらも、その堂々たる放射状の輝きに「あなた様こそがキング・オブ。オレンジでございます」と口をつぐんでしまう。違和と納得が交錯し像を生む。ここではない、どこか、イメージの原型に折り重なる。安藤晶子のイラストレーションを見るという行為は、そういったみずみずしい体験に満ちている。大胆なデフォルメーション、あらぬモチーフの変形、唐突に織り交ぜられる奇妙な柄。それなのに違和一つ感じさせないのは、イラストレーションが安藤晶子の生活から驚くほど地続きに生まれているからだ。安藤晶子は奇跡的なバランス感覚で無数に浴びせかかる認識の網の目をかいくぐってみせる。危うさ一つ感じさせずに、ごく当たり前のように。万人に真似できることではない。だから安藤晶子はそのままで存在していることが最も面白いし奇跡的だと信じて疑わない。



andoakiko2.jpg
「ボガレフと私」



 和菓子屋の店先のガラスに「あんどう」と書いた紙が張ってあるのを見た。店主のおじいちゃんが「これは、アンドーナッツの略だ」と答えた。強い衝撃を受けた。おじいちゃんはなんら意表をつくつもりもなく、長いから縮めてしまえというくらいの気持ちで「あんどう」と書いただけだ。しかしながらその大胆すぎるデフォルメのせいで、アンドーナッツの「あんどう」に対して人格のようなものや、かわいらしさ、おじいちゃんの愛情など多くのものを感じた。この現象は、安藤晶子のイラストレーションを目撃した瞬間の体験に似ている。そして「あんどう」という奇妙なまでの符号の一致。私は安藤晶子を1つの「あんどう」として認識することにした。

 意図を裏切り飛躍する図像。多くのイメージが一枚のイラストレーションを通じて交信される。それだけで安藤晶子のイラストレーターとしての才能を感じるのに充分だ。


安藤晶子

イラスト http://akikoando.tumblr.com/
ツイッター https://twitter.com/kokia0414

イラスト展「SHE」 

she.jpg


at 百年(吉祥寺)
2013.10.23(Wed)-11.11(Mon)
詳細HP
http://www.100hyakunen.com/events/exhibition/20131003997.html

文:水野しず
イラスト:安藤晶子
2013-10-11 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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